「シェイプ・オブ・ウォーター」|ギレルモ・デル・トロ監督の真骨頂!|原題:The Shape of Water



大好きなデルトロ監督のダークファンタジー「シェイプオブウォーター」見てきました!

作品紹介

予告


あらすじ

1962年、冷戦下のアメリカ。政府の極秘研究所で清掃員として働く女性イライザは、研究所内に密かに運び込まれた不思議な生き物を目撃する。イライザはアマゾンで神のように崇拝されていたという“彼”にすっかり心を奪われ、こっそり会いに行くように。幼少期のトラウマで声が出せないイライザだったが、“彼”とのコミュニケーションに言葉は不要で、2人は少しずつ心を通わせていく。そんな矢先、イライザは“彼”が実験の犠牲になることを知る。

所感

ギレルモ・デル・トロ監督の真骨頂!

大好きなデルトロ監督のダークファンタジー、シェイプ・オブ・ウォーターを鑑賞してきました。いつものデルトロ節が画面の隅々まで満載で、ファンなら間違いなく楽しめる作品に仕上がっています。ただ、本作を観て最初に感じたのは、これまでサブカルチャーとしてやや虐げられてきた感のあるこの手のモンスター映画が、なぜ今になってアカデミー賞の作品賞をはじめとするメジャーな賞を総なめにしているのだろうか、という率直な疑問と驚きでした。

大アマゾンの半魚人とラブクラフト的要素の美しい逆転

ストーリーの骨格自体は、童話の人魚姫や、2001年のスペイン映画でH・P・ラブクラフト原作のダゴンを連想させます。それらの主人公の性別、どちらが怪物なのか、そしてどちらの世界へ行くのかといった要素を見事に逆転させたお話に感じました。

ここでちょっとした背景を補足すると、デルトロ監督自身が幼少期に鑑賞した1954年の名作ホラー、大アマゾンの半魚人に強い影響を受けているのは有名な話です。半魚人がヒロインに恋をするものの、結局結ばれずに悲しい結末を迎えるあの映画を観て、なんとか二人が結ばれるハッピーエンドを作りたいと長年温めていた構想が本作のベースになっています。

そのためか、驚くような大どんでん返しの展開や派手な描写はなく、かなり古風でクラシックな物語を丁寧に、そして美しく描いている印象を受けました。ただ、恋愛要素が軸にあるとはいえ、決して王道の女性向けロマンスというわけでもなく、女性層が手放しで共感できる内容なのかは少し疑問符が付きます。正直なところ、一体誰をメインターゲットに発信している映画なのだろうかと考えてしまう部分もありました。

異形の表現者ダグ・ジョーンズとこだわりの半魚人造形

少し辛口なことも書いてしまいましたが、もちろんデルトロ監督の構築する世界観が好きな方なら十二分に堪能できる仕上がりです。

メインの怪物がアマゾンの半魚人ということで、最新の映像技術と特殊メイクによって生み出された生々しいクリーチャーを拝めるのは特撮ファンとしては純粋に嬉しいポイントです。予想通り、監督の過去作ヘルボーイに登場するエイブ・サピエンのビジュアルイメージを、さらに野生的に、そしてより原始的にブラッシュアップしたような、まさにデルトロ感満載のデザインでした。

「パンズ・ラビリンス」の「パン」
「パンズ・ラビリンス」の「パン」

そして特筆すべきは、中に入っている役者が今回もダグ・ジョーンズであること。彼はパンズ・ラビリンスにおけるパンや、

あの恐ろしいペイルマンを演じたクリーチャーアクターの第一人者です。

「パンズ・ラビリンス」の「ペイルマン」
「パンズ・ラビリンス」の「ペイルマン」


今回も、人間ならざる独特の気味悪い雰囲気と、言葉を持たないクリーチャーの繊細な感情を見事に体現してくれています。デルトロ作品で異形といえば絶対にこの人、というなくてはならない存在ですね。ヘルボーイのロン・パールマンと同様に、監督と役者の間に非常に堅い信頼関係があることが画面越しにも伺えます。

また、主人公に助け出された半魚人が、飼い猫を頭から丸かじりするというなかなかショッキングでグロテスクな描写があります。猫好きなら思わず悲鳴をあげそうですが、決して子供や大衆に媚びることなく、R15指定のダークファンタジーとして徹底しているところは非常にデルトロ的で面白い部分です。

独自のダークな雰囲気とラストシーンの謎

映画全体に漂う、ティム・バートン作品の影をさらに濃く、よりダークで寂しげにしたような独特の雰囲気がたまりません。物語が暗く沈み込みすぎないよう、主人公を支える陽気な黒人の同僚おばちゃん(ゼルダ)を配置しているのも、見事なバランス感覚で物語の清涼剤になっています。

ただ、個人的な好みを言わせてもらえば、デルトロ作品の中では圧倒的にパンズ・ラビリンスの方が心に深く突き刺さる名作だと思っています。あちらは少し重すぎるという意見もよく耳にしますが。

本作で1点どうしても気になったのは、あのラストのオチです。主人公のイライザはもともとあちら側の存在だったのか、それともラストシーンの出来事によってあちら側の存在へと変化したのか。この部分は、監督が本当に伝えたかったメッセージとも深くリンクしそうな重要なポイントです。私は冒頭の水の中の描写や、孤児院で発見されたという彼女の生い立ち、そして首にある謎の傷跡から、彼女は最初からそっち系の人(あるいはその末裔)だったのだと解釈して観ていました。

隠された社会的メタファーと次回作への期待

鑑賞後、もろもろの疑問や、なぜ本作がこれほどまでに高い評価と賞賛を受けたのかについて、映画評論家の町山智浩さんの解説を聴いて少し腑に落ちました。

どうやらあの半魚人は南米からの移民のメタファーであり、映画全体がマイノリティや社会的に立場の弱い人々が、当時のマッチョで支配的な白人社会(ストリックランドのような人物)へ抵抗する姿を描いている構造になっているそうです。冷戦下の1962年という時代設定も、そうした社会的背景を浮かび上がらせるための装置だったわけですね。

解説を聞けば確かに納得できる部分も多いのですが、果たして予備知識なしに普通に観ている観客、とくに文化背景の違う日本人にとって、その隠されたメッセージがすんなりと伝わるのだろうかという疑問は残ります。

色々と語ってしまいましたが、確固たる美学を貫いた見応えのある作品でした。さて、次はいつものデルトロ節を大衆向けにうまく封印して大ヒットしたパシフィック・リムの続編に期待したいと思います!

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