あらすじ
友人のバースデーパーティ帰り、車に乗った3人の女子高生。
見知らぬ男が乗り込んできて、3人は眠らされ拉致監禁される。
目を覚ますとそこは密室…彼女たちはその後、信じがたい事実を知る。
ドアを開けて入ってきた男はさっきとは違う異様な雰囲気で、姿を現す度に異なる人物に変わっていた―なんと彼には23もの人格が宿っていたのだ!
そして、さらに恐るべき24番目の人格が誕生すると、彼女たちは恐怖のどん底に。
3人 VS <23+1>人格。果たして、3人は無事に脱出できるのか! ?
(出典:Amazon)
所感
予測不能な23人格の迷宮!
本作を観終わった率直な感想は、単なるシチュエーションスリラーの枠に収まらない、シャマラン監督の遊び心と執念(嫉妬心?)が詰まった一作だったということです。
予告編の段階では、23もの人格を持つ多重人格者ケヴィンと、監禁された女子高生たちによる脱出劇、というクローズド・サークル的な緊張感を楽しむものだと思っていました。実際、物語の大部分は、ジェームズ・マカヴォイ演じるケヴィンの豹変と、彼を分析する精神科医、そして逃げ場のない少女たちの心理戦が軸となります。
しかし、ここからがシャマラン節の真骨頂。物語が24番目の人格「ビースト」へと向かうにつれ、映画のジャンルそのものが変貌していくような感覚に陥ります。
マカヴォイの怪演と、23人格への期待
ここで少し背景を深掘りすると、多重人格を扱った有名な実話にビリー・ミリガン
がありますが、本作のケヴィンも同様に23人格+αという設定。主演が演技派のジェームズ・マカヴォイということもあり、彼がどう23人を演じ分けるのかという点に大きな期待を寄せていました。
ただ、正直なところを言えば、23の人格それぞれの描き分けにあまり重点が置かれていなかった点は、少し残念に感じた部分でもあります。劇中でメインとなるのは潔癖症のデニス、女性人格のパトリシア、9歳の少年ヘドウィグら数人に絞られており、残りの人格については駆け足、あるいは言及のみに留まっていました。
「ビリー・ミリガンのように、もっと多様な個性をじっくり観たかった」という気持ちだと、肩透かしにあいます。
知らない人には「誰やねんお前!」の衝撃
しかし、その物足りなさを補って余りあるのが、終盤の展開です。 単なるサイコ・サスペンスだと思って観ていると、最後に登場する「ある人物」によって、この物語の本当の正体が明かされます。
ここで重要なのが、本作が実は2000年の映画「アンブレイカブル」
と世界線を共有しているという点です。
これを予習しているかどうかで、ラストシーンの感動は180度変わってしまいます。これから観る予定の方は、ぜひ「アンブレイカブル」をチェックしておくことを強くおすすめします。
というか、そうでないと「誰やねんお前!」でエンドを迎えます。
シャマラン流の「アベンジャーズ的クロスオーバー」
本作の最も刺激的なポイントは、サスペンス作品とおもいきや、まさかのアベンジャーズ的クロスオーバーな展開へと足を踏み入れていることです。
人格の演じ分けという個別の技術よりも、シャマランは「異なる作品のキャラクターが同じ世界線で交差する」という、より大きな物語の枠組みに重きを置いていたのでしょう。現実味のある監禁劇から、やがて人間を超越した存在を巡る「神話」へと繋がっていく手法は、近年のアメコミ映画ブームを意識しつつも、シャマラン独自の冷徹で静かな演出によって、唯一無二の鑑賞体験へと昇華されていました。
失敗気味のDCユニバース(特にバットマン系)についてはこういう感じのほうがよかったような気がします。
すでに次作「グラス」の制作も決定しているとのことで、このクロスオーバーがどこへ向かうのか。次はどんな人格やキャラが表に出てくるのか楽しみです。
まあ、シャマラン監督の毎度のことですが賛否割れそうな作品ですねー。
0 件のコメント :
コメントを投稿