「フリーソロ」 成功が確定しているはずなのに、ここまで手に汗を握らせる映画があるのか


いまだかつてここまで手に汗握る映画はなかったなというくらいの緊張感ののドキュメンタリー映画、「フリーソロ」みてきました。

作品紹介

予告

あらすじ

米アカデミー賞®、英国アカデミー賞(BAFTA)受賞! 人類史上最大の挑戦と呼ばれる前人未到のクライミング、その驚異の全貌に世界中が息をのんだ傑作ドキュメンタリー。世界屈指の美しくも危険と言われる断崖絶壁に挑む若きクライマーの姿をダイナミックに捉え、興奮と目眩を誘う"生きるか、死ぬか"の極限映像 (引用:Amazonより)

所感

すごいではなく怖いと感じる傑作ドキュメンタリー

いやもう、すごいです。
すごいんですが、それ以上に怖い。

命綱なしで巨大な岩壁を登る。
文字にするとシンプルなんですが、実際に映像で見せられると、ちょっと意味がわからないレベルです。

しかも本作が恐ろしいのは、ただ高いところに登る映画だからではありません。
その異常な行為を、本人が妙に冷静に受け入れているところにある。

フリーソロは、単なるクライミング映画でも、感動の挑戦ドキュメンタリーでもなく、人間の理解しがたさそのものを映した作品でした。

フリーソロは実話?映画以上に異常な現実

この作品で描かれるのは、実在のクライマー、アレックス・オノルドによるエル・キャピタンへのフリーソロ挑戦です。

フリーソロというのは、ロープや安全装備を使わず、文字通り自分の身体ひとつで登ること。
落ちたら終わり。やり直しはありません。

映画として見ていると、どこか現実感が薄くなってくるんですが、これが実話だと分かると一気に怖さが増します。

CGでも演出でもなく、本当にそこに立って、本当に登っている。
その事実だけで、たいていのフィクションよりよほど異常です。

この映画のすごさは、派手な盛り上げ方をしなくても、現実そのものが十分に常軌を逸しているところにあります。

アレックス・オノルドって何者なのか

フリーソロを見てまず気になるのが、やっぱりアレックス・オノルド本人です。
いや、すごいとか偉業とかそういう言葉では片付かないんですよね。
命綱なしで断崖絶壁を登る時点で十分おかしいんですが、それを妙に冷静な顔でやっているのがさらに怖い。

気になって少し調べてみると、フリーソロの世界ではまさに別格の存在。
無茶をしている人というより、極端なまでに準備を積み上げたうえで、最後に安全装備を外す人という印象です。

映画を見ていると異常性ばかりが目立ちますが、実際には膨大な反復練習とルート確認の積み重ねがあって、あの挑戦が成り立っている。
そう考えると、勢いで突っ走る狂気というより、理詰めで極限まで行ってしまうタイプの怖さなんだなと思いました。

しかも本作で面白いのが、アレックスの脳の構造にまで触れられるところです。
恐怖を感じるときに強く反応する部分が、彼の場合はかなり静かだという話が出てきて、ああこれは根性論だけで説明できる人じゃないなとなる。

もちろん、だからといって何も怖くない超人というわけではないんでしょうが、少なくとも一般的な人間の感覚とはだいぶ違う。
このへんがまた、ただのスポ根ドキュメンタリーでは終わらない不気味さにつながっています。

あと、普段の雰囲気がまた独特で、いかにも熱血スポーツマンという感じではないのも印象的です。
静かで、淡々としていて、でもやっていることだけが異常。
このギャップがあるからこそ、なおさら印象に残ります。

アレックス・ホノルドのことはナショナルジオグラフィックの記事にもなってるので
詳細知りたい方はこちらを↓

ロープなしで900mの絶壁を初登攀、米ヨセミテ
アレックス・ホノルド氏、岩壁エル・キャピタンをフリーソロで


エル・キャピタンもそんなにすごいのか、気になって調べてみた

作中で最大の目標として描かれるエル・キャピタン。
名前はやたら強そうですが、実際に調べてみると、アメリカのヨセミテ国立公園にある巨大な花こう岩の一枚岩で、世界的にも有名なクライミングの聖地みたいな存在らしいです。

映画を見ているだけでも十分にでかいんですが、こうして背景を知ると、あそこを命綱なしで登るという発想自体がだいぶおかしい。
普通は景色を見て感動する場所であって、自分の指先ひとつで挑む場所ではないはずです。

しかもこのエル・キャピタン、映画やフィクションの世界でもたびたび特別な壁として扱われているようで、

「スタートレック5:新たなる未知」へでは

カーク船長が、安全装備無しで「エル・キャピタン」の単独登頂に挑むが失敗し、浮揚ブーツを履いたスポックの助けられるというシーンが登場します。

おじさんのトレッカーなら、あーあのシーンね!ってなるのではないでしょうか。

未来の宇宙時代ですら、エル・キャピタンに装備なしで挑むのは無茶扱いなんだなと思うと、ちょっと笑ってしまいます。
逆に言えば、それを現実でやってしまったアレックス・オノルドの異常さがさらに際立つ話でもあります。

観ているこちらが耐えられなくなる理由

本作の面白いところは、登っている本人よりも、むしろ周囲の人たちのほうがこちらの感覚に近いことです。

撮影スタッフも、恋人も、友人も、当然ながら彼の挑戦を簡単には見ていられない。
そりゃそうです。少しでもミスをすれば、それで終わりなんですから。

見ている側は、成功を願いながらも、見たくない。
応援したいのに、やめてくれとも思う。

この矛盾した感情が、映画全体にずっと漂っています。

しかも本作が面白いのは、映画として劇場公開されている以上、こちらはどこかで結果をわかっているはずなんですよね。
少なくとも、上映されている時点で最悪の結末ではないのだろうと、頭では理解している。

それなのに怖い。
むしろ、その結果がわかっているはずなのに、観ている最中はずっと不安になる。
この感覚がかなり不思議でした。

普通なら、結末を知っていれば少し安心して見られるはずなのに、この映画はそこをまったく許してくれない。
一手間違えれば終わるという現実が、結果を知っているという前提を平気で押し流してくるんです。

普通のスポーツドキュメンタリーなら、困難を乗り越えていく過程に熱くなったり、達成感に感動したりするものですが、フリーソロはその方向にいききらない。
感動より先に、不安と緊張が来る。

観客が求めるカタルシスと、現実の危うさがずっとせめぎ合っているんです。

だから見終わったあとも、単純にすごかったで終わらない。
すごかった、でもやっぱり怖かった、という感想になる。

絶壁で寝ている謎の着ぐるみが強すぎる

本作の恐怖は、命綱なしで岩壁を登るという一点だけでも十分すぎるほどなんですが、観ていて妙に印象に残るのが、絶壁で寝ているあの謎のユニコーン着ぐるみです。

あんな場所でユニコーン姿で寝るというを意味不明!

そして特に大きなつっこみもなく、「アレックス・オノルド」はその横を通り過ぎていく。

出典:「フリーソロ」

シュールすぎて、ただすごいだけでも、ただ怖いだけでもない。

どこかおかしくて、でもやっぱり怖い。あの場面はその象徴みたいなシーンでした。

クライミング映画というより、人間の極限を映した映画

クライミングに詳しくなくても、この映画が面白いのはそこだと思います。

技術がどうとか、ルートがどうとか、もちろんそういう見どころもあるんですが、それ以上に強いのは、人はどこまで常識の外側に行けるのかという問いです。

安全を求めるのが普通の感覚なのに、その逆へ進む人間がいる。
しかもそれを、無計画な無茶ではなく、自分なりの秩序で成立させてしまう。

この作品を見ていると、挑戦という言葉だけでは片付けられないものを感じます。
夢を追う話とも少し違うし、自己実現というのもしっくりこない。

もっと剥き出しの、人間の本質に近い衝動を見ている感じがある。

だからこそ、この映画はスポーツものとしてだけでなく、ある種の心理ドキュメンタリーとしても強く印象に残ります。

映像の迫力が異常に強い

当たり前ですが、この映画は映像がめちゃくちゃ強いです。

ただ景色が美しいという話ではなく、構図そのものが恐怖を生む。
岩壁に張り付く人間が、あまりにも小さい。

そしてその小さな一点に、命が全部かかっている。

高所の映画というと、どうしても派手な演出を盛りたくなりそうですが、本作はむしろ余計なことをしない。
変に煽らないからこそ、現実の高さや距離感がそのまま刺さってきます。

見ているだけで手汗が出る、という表現がありますが、この映画は本当にそうです。
冗談ではなく、途中で何度か画面を直視しづらくなるレベルでした。

まとめ:すごいではなく怖いと感じる傑作

フリーソロは、偉業達成に感動する映画としても見られます。
実際、そこには確かにすごさがあります。

ただ、個人的にはそれ以上に、

なぜこの人はここまで行けるのか
なぜこんな行為を受け入れられるのか
そして、結果がわかっているはずなのに、なぜここまで怖いのか

そのあたりのほうが強く残りました。

すごい映画でした。
でも、見終わったあとにまず出てくる言葉は、すごいではなく怖いだった気がします。

スポーツドキュメンタリーとしても優秀ですが、それ以上に、人間の極限や異質さに触れる映画としてかなり印象深い一本です。

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