映画日記「タイタンの戦い」|何度もこすられたシンプルな王道ファンタジー| 原題(Clash of the Titans)


アバター、T4等、最近旬なアクション俳優サム・ワーシントン主演の「タイタンの戦い」 見てきました!

作品紹介

予告




あらすじ

神とは、人間を守ってくれる存在ではなかったのか?
あろうことか、ペルセウス(サム・ワーシントン)は、愛する家族を神に殺される―。
時は古代ギリシャ世界。神の王であるゼウス(リーアム・ニーソン)を頂点に、神々が君臨していた時代。
ゼウスは人間を創り、彼らからの崇拝と愛を糧に不老不死を保っていた。
しかし、傲慢で自分の欲望を満たすためには何でもありの神々に、人間は反旗を翻すようになっていった。
神と人間の争いは日常と化し、漁師を営むペルセウスの家族はそれに巻き込まれ、冥界の神ハデス(レイフ・ファインズ)に船ごと沈められたのだ。
オリンポスの神殿では、人間と和解しようと主張する12神と、それを拒むゼウスが対立していた。
そこへハデスが現れ、人間を懲らしめる時が来たと進言、その役を任せてくれと申し出る。
弟のゼウスに冥界へと追いやられたことを恨むハデスには、密かな企みがあったのだが、怒りで我を失ったゼウスは、ハデスの提案に乗ってしまう。
かねてより神々を侮辱していたアルゴス国の国王と王妃の前に出現したハデスは、10日後の日蝕の日に海の魔物にして、
無限大の大きさを誇るクラーケンを放ち、都を滅ぼすと宣言する。
ただし、王女アンドロメダを生け贄に差し出せば、破滅は逃れられると―。
神々と互角 に戦える男は、ひとりしかいない。神の血を引くペルセウスだ。
ペルセウスは、家族の仇を討つために立ち上がる。あくまで人間として。
世界の存亡をかけた戦いの行方は―?
Amazonより引用

所感

王道ファンタジーとしての率直な鑑賞感

映画全体の感想としては、いたってシンプルで標準的な仕上がりという印象です。なにしろベースになっているのは、数々の名作映画やマンガで語り継がれてきたギリシャ神話の超有名エピソード。メドゥーサの目を見たら石になるといった基本的なお約束や大まかなストーリー展開をあらかじめ知った状態で観ているため、物語の新鮮さというよりは、圧倒的な世界観の構築や神々の人間くさい葛藤といった背景描写に深く浸りたかったのが本音です。

その点では、神々の語り口やドラマの彫り込みがやや淡泊に感じられ、少し物足りなさが残ってしまったのが正直なところ。『ロード・オブ・ザ・リング』のようなどっしりとした重厚感と壮大なスケール感を誇るファンタジー作品には、そう簡単に出会えるものではないのだと痛感させられます。とはいえ、裏を返せば無駄な尺を引き延ばさずにコンパクトにまとまっているということでもあるので、時間を気にせずサクッと気軽に観られる良さはしっかり備わっています。

昭和の洋画劇場と結末の違いにみる戸惑い

観終わったあと、ふと「あれ?」と首を傾げてしまったのがストーリーの結末でした。子供の頃にテレビの洋画劇場で観たリメイク元の1981年版『タイタンの戦い』の記憶と比べると、所々で記憶との相違があり、少し困惑してしまったのです。

特に驚いたのがラストシーンの描写。せっかく命がけで助け出したアンドロメダ姫とのロマンスはどこへやら、彼女を差し置いて、蘇ったイオと結ばれる結末を迎えます。「あれ、ペルセウスってこんな結末を迎える話だったっけ?」と、自分の記憶のあやふやさに思わず苦笑いしてしまいました。

81年版を支えた特撮の神様レイ・ハリーハウゼン

実は、1981年に公開されたオリジナル版の『タイタンの戦い』は、映画史において非常に重要な意味を持つ作品でもあります。本作を手がけたのは、ストップモーション・アニメーション(コマ撮り特撮)の巨匠として知られるレイ・ハリーハウゼン。1981年版は、彼が長年磨き上げてきたダイナメーション技術の集大成であり、劇場映画としての遺作でもあるのです。

2010年版の滑らかで大迫力な3DCG表現も技術の進歩を感じさせますが、81年版のクリーチャーたちが醸し出す手作りの温もりと独特の動き、そして不気味ながらもどこか愛らしい造形美には、現代のCGでは決して再現できない職人技のロマンが詰まっています。

ギリシャ神話の原典と「あの頃」のときめき

オリジナル版の変遷やギリシャ神話の原典におけるペルセウス伝承を改めて紐解いてみると、もう一度映画を見返して比較してみたくなってきます。かつては『シンドバッド』シリーズや『タイタンの戦い』のような特撮アクション映画が地上波の洋画劇場で放送されると知るだけで、数日前から胸を躍らせて画面にかじりついていたものでした。

当時はあんなにも素直にワクワクできていたのに、現代の豪華絢爛なCG映像やド派手な演出にすっかり目が肥えてしまった今となっては、

同じ刺激を受けてもあの頃のような純粋なときめきを感じにくくなっているのかもしれません。人間の「慣れ」というものの恐ろしさを、映画の迫力とはまた別のところでしみじみと実感させられる鑑賞体験となりました。



データ

監督

  • ルイ・レテリエ

キャスト

  • サム・ワーシントン
  • リーアム・ニーソン


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