「御名残四月大歌舞伎」|初めての歌舞伎、さよなら松竹座


「御名残四月大歌舞伎」|初めての歌舞伎体験 大阪松竹座で感じた意外な面白さと奥深さ
御名残四月大歌舞伎

 初めての歌舞伎、さよなら松竹座

知人に誘われて、これまでまったく興味のなかった歌舞伎を初観劇。
難波にある大阪松竹座がなくなるというきっかけがあわさらなければ、正直2万円以上のチケットを自分で買うことはなかったと思います。

結果から言うと、食わず嫌いはもったいない。
想像していたよりずっと見やすく、そして独特の楽しさがある世界でした。

歌舞伎初心者の最強の味方!それはサポートイヤホン!

歌舞伎初心者の最強の味方!それはサポートイヤホン!
歌舞伎初心者の最強の味方!サポートイヤホン!

役者のセリフ自体は思っていたより口語寄りでかなり聞き取りやすく
歌舞伎=何言ってるかわからない、という先入観はいい意味で裏切られました。

しかし問題は

「出語り」と呼ばれる三味線にのせた語り。

この語りがなかなか難解で(おそらく初見の人からしたらもっとも歌舞伎っぽい)、独特の古語や言い回しが使われるため、耳に慣れていないと「ほぼ何を言っているのかわからない」という壁にぶつかることがあります。

サポートイヤホンは、そんな初心者の不安を解消してくれる心強いツールです。

サポートイヤホンの内容

  • あらすじの補足:場面転換の背景や、登場人物の関係性をリアルタイムで説明してくれます。

  • 見どころの指南:役者の決めポーズ「見得(みえ)」や、衣裳・小道具の隠された意味をタイミングよく教えてくれます。

  • 音楽や演出の解説:三味線の音色の違いや、大道具に込められた伝統的な約束事までカバー。

特に、全十二幕ある物語の「一幕だけ」を上演することが多い歌舞伎において、前後のストーリーを知らなくても物語に没入できるのは、この「出語り」にようるナレーションがあるからこそと言えます。

今回はサポートイヤホンを借りていたので、解説を聞きながら理解できました。
初見の人は、忘れず借りることを強くをおすすめします!

演目

今回は昼の部で、以下の三演目を鑑賞。

・彦山権現誓助剱 毛谷村
・夕霧名残の正月
・大當り伏見の富くじ

それぞれかなり毛色が違い、歌舞伎というジャンルの幅広さを体感することになります。

彦山権現誓助剱 毛谷村 ジャンプ打切かと思う結末

最初に観た毛谷村。

物語としては、主人公・毛谷村六輔をはじめとする登場人物たちの敵が、実はすべて同一人物だと明らかになっていき、ついに討つ決意を固める…というところで終わる。

つまり、決戦は描かれない。

ジャンプ漫画で例えるなら、敵の正体がわかって「よし倒すぞ!」で打ち切りになるような終わり方。「ここで終わり?!」と初見だと普通にびっくりします。

上述のサポートイヤホンの下りでも書きましたが、

これにはちゃんと理由があって、この作品は全十二幕構成のうちの九段目。
いわば物語の転の部分だけを抜き出して上演しているらしいのです。

起承転結でいう転の終盤だけをいきなり見せられるので、そりゃ結末はない。

この構造を補うのが、出語りと呼ばれる三味線にのせた語り。
前後のストーリーを、いわゆるナレーションとして説明してくれるわけです。


ちなみに主人公の毛谷村六輔は実在人物がモデルらしく、加藤清正の家臣で、豊臣秀吉の朝鮮出兵にも参加したとされる人物らしいです。

しかも朝鮮側の史料では極悪人扱いされているという話もあり、こうした史実と伝承の混ざり合いも調べる手みると面白いところ。
まさに「歴史」と「伝説」が地続きになっている非常に興味深い存在ですよね。

彼の物語は立場や国が変わることで、英雄譚から侵略の象徴へとその姿を180度変えます。
この「多面性」に興味がわき、さらに深掘りしてみました!

1. 史実としての姿:加藤清正の懐刀「貴田孫兵衛」

講談や歌舞伎では「毛谷村六輔」の名で知られますが、史実での実名は貴田孫兵衛(きだ まごべえ)とされます。

  • 加藤家随一の剛勇: 肥後(熊本)を治めた加藤清正の家臣であり、清正が認めるほどの武勇の持ち主でした。
  • 朝鮮出兵での活躍: 文禄・慶長の役において、彼は常に最前線で戦いました。特に「第二次晋州城の戦い」などで凄まじい武功を挙げたと記録されています。

  • 「毛谷村」の由来: 彼はもともと豊前国(大分県)の毛谷村という場所の出身であり、そこでの「仇討ち伝説」が後に物語として脚色され、現在のキャラクター像が出来上がりました。

2. 日本の伝承:孝心あふれる最強の義士

日本国内、特に歌舞伎の演目『彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)』などでは、彼は「最強かつ情に厚いヒーロー」として描かれます。

  • 武術の達人: 六角義賢から武芸の極意を伝授された達人という設定。

  • 仇討ちの助太刀: 恩師の娘であるお園とともに、親の仇を討つために奮闘する姿は、当時の庶民にとって最高のカタルシスでした。

  • キャラクター性: 「力持ちだが、老婆や弱者には優しい」という、日本人が好む典型的な「剛毅木訥(ごうきぼくとつ)」なヒーロー像が定着しています。

3. 朝鮮側の視点:恐怖の対象「ケヤムラ」

一方で、朝鮮側の史料や伝承に目を向けると、彼のイメージは一変します。

  • 非情な侵略者: 朝鮮側の記録では、彼はあまりの強さゆえに、民衆から恐れられる「鬼」のような存在として記されています。

  • 論介(ノンゲ)との伝説: 晋州城が陥落した際、朝鮮の義妓・論介が、毛谷村六輔(あるいは加藤清正の部下)を道連れにして川(南江)へ身を投げたという伝説があります。

    • 日本側: 「六輔は戦場を生き残り、後に病死した」

    • 韓国側: 「愛国女性の手によって、川で最期を遂げた」

同じ一人の人物の死に際して、これほどまでに正反対の結末が語られるのは、歴史がいかに「語る側のアイデンティティ」に左右されるかを示しています。

4. 歴史ロマンとしての醍醐味

六輔を調べる面白さは、以下の3つのレイヤーが重なっている点にあります。

  1. 一次史料(記録): 加藤家伝などに見られる、軍功を立てた武士としての姿。

  2. 二次創作(物語): 歌舞伎や講談で誇張された、超人的なヒーローとしての姿。

  3. 異国の記憶(対外視点): 敵国から見た「忘れがたき脅威」としての姿。

「一方の英雄は、他方の悪鬼である」という表裏ある事実は、歴史を学ぶ上で残酷で、かつ魅力的な教訓の一つですよね。

夕霧名残の正月 踊りで魅せる静かな一幕

続いては「夕霧名残の正月」。
私は、箸休め的な演目だと解釈しました。

内容としては、亡くなった遊女に恋していた男が夢の中で再会し、桜を背景に踊るというシンプルなもの。

冷静に考えると、

風俗に通っていたおじさんが、死んだ風俗嬢と踊る妄想をしている

と置き換えてしまえそうで
若干微妙な印象をうけましたが

舞の美しさや所作の細やかさに目を向けると、また違った楽しみ方ができる演目でした。

やはり舞踊そのものを楽しむのが正解なんでしょうか。

歌舞伎というとドラマ性の強い芝居を想像しがちですが、こうした踊りメインの演目もあるんだと、ジャンルとしての幅の広さを感じる一幕でした。

大當り伏見の富くじ まるで新喜劇のような爆笑舞台

最後の大當り伏見の富くじ。
昼の部メインで、これが一番印象に残りました。

もう完全にコメディ。
というか、新喜劇に見えました。

セリフはかなりわかりやすく、イヤホン解説もほぼ不要。
たまに古い言葉が出たときだけ単語の意味を補足してくれる程度で、むしろその淡々とした解説がシュール。

そして何より「中村獅童」が濃い。

存在感と間の取り方が抜群で、とにかく笑わせてくる。

さらに驚いたのが音楽。
エレキギターやシンセサイザーなど現代的な音が使われていて、
演奏というよりは流している感覚。

その中で解説が
クリーピーナッツのような音楽が流れますと
説明してくるのもなかなかカオス。
「クリーピーナッツ」のわかる年配のお客さんはどれほどいるのかとツッコミたくなります。

「クリーピーナッツ」のわかる年配のお客さんはどれほどいるのか・・
「クリーピーナッツ」のわかるご年配・・

そしてこの演目の面白さをさらに底上げしていたのが、ファンタジー的なキャラクターたち。
河童や化猫のような存在が登場するのですが、これがまた絶妙にかわいい。
いわゆるおどろおどろしい妖怪ではなく、どこか愛嬌があって親しみやすく、舞台全体のポップな雰囲気にしっかりハマっています。

化け猫(狐?)初音のビジュアルや動きも印象的で、妖しさと可愛らしさのバランスが絶妙。
こういう遊び心のある演出が入ることで、古典の枠にとどまらないエンタメ性がぐっと強まっていました。

化け猫(狐?)初音と河童

ラストはまるでマツケンサンバのような全員参加の踊りでフィナーレ。
古典芸能のイメージとは真逆の、エンタメ全開の楽しい舞台でした。

歌舞伎は難しいという先入観はもったいない

今回の観劇で一番感じたのは、歌舞伎は思っているよりずっと間口が広いということ。

・歴史劇のような重厚な演目
・舞踊中心の静かな作品
・現代的な笑いを取り入れたコメディ

同じ歌舞伎でもこれだけ振り幅がある。

もちろん、全部を理解しようとするとハードルは高いですが、サポートイヤホンなどの仕組みも整っていて、初心者でも楽しめる工夫はしっかりされています。

歌舞伎は難しそうだからと避けている人ほど、一度は体験してみる価値がある。
そんなふうに思わせてくれる、意外性のある舞台でした。

そして今回は、自分一人では絶対に踏み込まなかった世界に触れられたというのが大きい。こういう体験は、人に引っ張ってもらわないとまず起きない。
誘ってくれた知人には素直に感謝です。

0 件のコメント :

コメントを投稿